“つながり”が生む「心の居場所」 ~札幌ゲストハウス WAYA流のまちづくり~後編

前回までの話
起業するにあたり、何をしていくかを模索していた3人。自分たちでイベントを主催したりする中で、行き着いた答えは、かかわる人たちに新しい「居場所」を提供したい、という想い。後編では、起業が目的から手段に変わった3人が取り組んだ様子を紹介します。札幌ゲストハウスWAYA前編記事はこちら

当時大学4年生だった3人は、卒業後に3人で札幌に移ることを決め卒業までの約半年、
資金作りのためにバイトに明け暮れた。

木村
バイトの時期が一番つらかったですね。睡眠時間を削って4つ5つのバイトを掛け持ちして、4月までの半年で一人100万ずつ資金を作るっていう目標のために頑張る日々。でも不思議とあきらめたくなる気持ちはありませんでした。絶対にうまくいくって信じていたからだと思います。
柴田
一週間に一度、バイトの合間に3人で集まってゲストハウスについて調べたことや計画などを共有する時間がとにかく楽しみでした。今思えば、一人だったらあきらめていたかもしれません。同じ想いを持った仲間がいたから乗り越えられた。そう思います。

努力の末に卒業までにそれぞれが100万円を貯め、3人は札幌へ渡った。

オープンまでのプロセスを共有する中で生まれる「ファン」

札幌に渡った3人がしたことは物件探しだった。
ゲストハウスで1番重要なことは、物件探しだと言われている。
立地や条件面などはもちろん、オーナーがゲストハウス用に貸し出しを許可している物件を見つけるのは難しく、一般的にゲストハウスのオーナーの多くは「こればかりは運」と語り、長ければ物件探しに1年以上かかることも少なくないという。

それを知っていた3人は、物件探しでできることは何でもやっていった。

柴田
不動産屋さんに行っても、そもそもゲストハウスというものが認知されていないことが多く、貸出してくれるところありませんでした。「大学卒業してまで、君は何やってるんだ、親不孝だ」って不動産屋さんに言われることもありました。辛かったですね。
河嶋
だから自分たちで空き家を探そう、ってなって、毎日それぞれ担当エリアを分けて札幌の町を自分たちで歩いて物件を探すことにしたんです。
柴田
家って電気メーターがついてるじゃないですか。あれを見て、動いてないところがあれば「この家は空き家だ!」って地図にシールを張っていくんです(笑)いい物件があったら、近くの歩道橋などから周辺の人通りの調査をしたりもしていました。
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木村
札幌の大通公園で外国人に声をかけて何をしに札幌に来たのかを聞いたりもしてました。とにかく、できることは何でもやろうっていうスタンスで毎日動き回ってましたね。

ただ、3人が違ったのは、そのプロセスを「Sappro Guest House Story」というブログを立ち上げ、逐一発信していたことだった。
不器用ながらもとにかく必死な3人をブログで知った周囲の人からのリアクションがあったという。

柴田
とにかく歩き回ってたので”お散歩クラブ”とか、”スーパーアクティブニート”、とかいうあだ名をつけられることもありましたが、それでもめげずに発信しつづけていたら「何てバカなことをしているんだ!」って協力してくれる人たちが出てきたんです。

必死さと想いがあるからこそだった。
徐々に現れる協力者や、アイディアの数々。
その中の一つにあったのが「商店街の理事長さんに連絡をしてみたら空き店舗がみるかるのではないか」というものだった。

さっそく連絡をとるも「若い人の力はいらないから」と拒絶されることもあったという。しかし、その中の一人に「商店街には場所はないけど、私が持っている空き家があるからそこでどうだろう?」と物件を紹介してくれる人がいた。こうして札幌にわたってから1か月、異例の速さで物件が決まる。3人の想いと行動が生み出した成果だった。

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物件は築43年の古民家。大規模な改装が必要だった。
その改装の様子も、今までと変わらずにオープンまでのプロセスを共有することを大切にした3人。

河嶋
ブログやfacebookで告知して、毎週土曜日はイベントを開きました。誰でも改装に携われるようにしたんです。僕らの想いやどんなゲストハウスにしたいのかというプレゼンテーションをしっかりとして、それから改装を手伝ってもらう。終わった後には交流会として食事会をしていました。
柴田
3人でずっと言っていたのが、完成までのプロセスを多くの人と共有して、完成の瞬間の喜びを多くの人とともに分かち合いたいっていうことでした。だから、毎週土曜日はお祭りみたいな感じです。
木村
土曜日っていう休みの日に、わざわざ改装を手伝いに来てくれるのは本当にうれしかったです。だから少しでも楽しんでもらおうと、改装のプロセスでコミュニケーションを生み出すワークショップをやったり、お互いに感謝を伝え合ったりすることを大切にしていました。「ここにいると、誰かの力になれているっていう感覚になれて楽しい」っていう声をいただいたときは嬉しかったですね。
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1人1人をとにかく大切にした3人。どれだけ忙しい時でも、手伝いたいと来てくれる人がいれば、自分たちの想いを時間をかけて丁寧に説明していった。

この取り組みが更なるつながりを生み出し、平日にも手伝いに来てくれる人が来るほどに協力者が増え、オープンまでの協力者は約200人になった。

ついにゲストハウス「WAYA」オープン

2014年11月1日にオープンすることが決まったWAYA。
その約1か月前の10月4日に、協力者や商店街の方、家族を招いてオープニングパーティーを行った。参加者は、約100名にのぼった。

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すべての人が心の中で「ただいま」と言える居場所をつくる。
その理念が結実した瞬間だった。

柴田
自分が立ち上げに携わったんだっていう気持ちや、改装中に生まれた”つながり”は、その瞬間も楽しくなるけど、その後もずっと続くものだと思うんです。その地を訪れる理由にもなるし、例えば離れた場所にいてもWAYAや札幌のことを自分事のように考えるようになるじゃないですか。それって心のふるさとが一つ増えるような感じだと思うんです。「ただいま」って言える場所が増える。それは、すごく人生を充実させるものだと思っています。

オープンしてからは好調だった。
それは、3人がゲストハウスを訪れる人たちとの”つながり”を大切にしていたからに他ならない。あっという間に口コミは広がり、年末には連日満室が続いた。

木村
最初の年末は毎日ゲストの方とパーティーをしていました(笑)来てくれた人たちに少しでもつながるキッカケを持ってもらいたかったんです。体力的にはきつかったけど、とにかく楽しかったですね。
柴田
泊まってくれたゲストの人からは「パーティーハウスに改名したほうがいいよ!」って言われることもありました。レビューに「Legend!!」(伝説)と書いてくださる方がいた、ということから内容は察していただければ幸いです(苦笑)

その後、1階部分を改装しバーを併設してからは毎晩のパーティーは落ち着いたが、
今でも変わらずバーを中心に連日”つながり”が生み出され続けている。

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観光客は、何のために観光するのか

まちづくりというワードを聞いたときに連想されるものの一つに「観光客の増加」というものがある。

人が旅をする理由は多種多様だ。例えば観光地を訪れることや、名物を食べること。ゲストハウスWAYAは、そこに「会いたい人がいるから」「帰りたい居場所があるから」という要素を付け加える。

河嶋
魅力的な観光地は世界中にたくさんあります。ただ、本当に会いにいきたい友人や、帰りたい自分の居場所を人生で1つでも持てたらそれってすごく幸せなことだと思います。そしてそれは世界でたった1つの最高の魅力だと思うんです。だから、僕ら自身もそうですし、WAYAという”場”がそうなっていけるように、これからも努力を続けていきます。

近くに2号店のオープンを控え、躍進が止まらない3人の挑戦にこれからも目が離せない。

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StalLink二号店札幌ゲストハウスWAYA ウェブページ

“つながり”が生む「心の居場所」 ~札幌ゲストハウス WAYA流のまちづくり~前編

2016.06.02

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ABOUTこの記事をかいた人

小坂 達広(Tatsuhiro Kosaka)/たっちゃん

まちづくりラボ運営チーム、クリエイティブディレクター。横浜育ち(1989年生まれ)。東京のベンチャー企業で、企業の映像、特に、情熱大陸のようなドキュメンタリー映像やそのシリーズ映像の制作などを数多く手がけ、その実績は、超有名大手企業からベンチャー企業まで多岐にわたる。映像制作の中でも人の想いを聞くインタビューと、それをストーリーとして紡ぐ執筆が好き。